ひでじろうは、私の祖父の営んできた会社、加藤秀次郎商店から取った私のペンネーム、この1年ほど使っている。私は、海外と蜜に接するジャパン21の代表をこの8年間務めている。この25年間、テクノロジーの畑で事業開発と運営の仕事をしてきた。通算の海外出張は150回ほど、その内、米国が50回、イスラエル、50回、その他、50回が概略。海外からのゲストの対応を含めると、半分は日本語で生活し、半分は英語で生活している。その分、普通の日本人と異なる部分と、それ故に日本を愛する部分が交錯していると自覚している。日常の生活から、感性の趣くまま、とりあえずブログなる手段を通じて、自己の表現をしてみたいと思う。
イスラエルは、明日から2日間、建国60年のお休み、それを知らずにやってきた私は、明日からジョブレスになる。(と言いながら、それなりに忙しいのだが)その開始を告げるサイレンが、今しがたなったところ。国民全員が起立して、黙祷する。
イスラエルの友人によると、建国して間もないイスラエルは、その経緯からも、全員がその周りで家族、友人、知人、誰かが犠牲になっているという。従って、この黙祷には、それなりに重みがある。道路を走る車の半数程度には、国旗が両側のサイドウィンドウに挟み込んである。明日からの2日間は、いろいろのイベントがある。
長い歴史を誇るこの国の人たちのイベントは、重く始まり、最後は騒いで愉しんでがどうもやり方。サイレントと黙祷は、その最初のプロセス。
50年ほど前、私が子供だった頃は、祭日には日の丸を飾り、終戦記念日には、黙祷をした記憶がある。乾パンや紅白饅頭が学校で配られた。50年前は、第二次大戦が終わって約10年、その痛みもまだ実感があったに違いない。イスラエルの現在は、それに近いかも。
20世紀は、世界大戦の時代、その最初で最期の実戦利用が、広島、長崎の原爆。犠牲者の皆様には申し訳ないが核兵器のお陰で、我々は大国同士の戦争を実質的に心配しなくても良くなった。ひょっとすると、後の歴史家は、核兵器を20世紀の最大の発明と定義し、大国間の武力紛争の終結の契機とするかも知れない。
ま、その反面、平和ボケした日本国でもあるが。
イスラエルの友人によると、建国して間もないイスラエルは、その経緯からも、全員がその周りで家族、友人、知人、誰かが犠牲になっているという。従って、この黙祷には、それなりに重みがある。道路を走る車の半数程度には、国旗が両側のサイドウィンドウに挟み込んである。明日からの2日間は、いろいろのイベントがある。
長い歴史を誇るこの国の人たちのイベントは、重く始まり、最後は騒いで愉しんでがどうもやり方。サイレントと黙祷は、その最初のプロセス。
50年ほど前、私が子供だった頃は、祭日には日の丸を飾り、終戦記念日には、黙祷をした記憶がある。乾パンや紅白饅頭が学校で配られた。50年前は、第二次大戦が終わって約10年、その痛みもまだ実感があったに違いない。イスラエルの現在は、それに近いかも。
20世紀は、世界大戦の時代、その最初で最期の実戦利用が、広島、長崎の原爆。犠牲者の皆様には申し訳ないが核兵器のお陰で、我々は大国同士の戦争を実質的に心配しなくても良くなった。ひょっとすると、後の歴史家は、核兵器を20世紀の最大の発明と定義し、大国間の武力紛争の終結の契機とするかも知れない。
ま、その反面、平和ボケした日本国でもあるが。
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